南伊予地方が伝えた奇想天外な笑話
「鉄砲撃ちの茂八」
昔、昔、村に鉄砲撃ちの上手な茂八さん、という人がおった、とよ。
なにしろな、鉄砲撃ちの名人なもんでよ、とんでもねえことがおこるんだ、と。
ある日のことだ。鉄砲撃ちの茂八さんが、鉄砲持って、出かけたんだ、と。どうしたことかその日にかぎって、さっぱりえものが無かったんだ、と。しかたがないから、家へ帰ろうと、野原をとぼとぼ歩いていたら、空を雁が飛んでいた、と。
それで、茂八さんは「雁、雁、竿になあれ」と言ったんだ、と。そうしたら、今までカギになって飛んでいたのが、まっすぐになって飛んだ、と。それを見た茂八さんが、「雁、雁、カギになあれ」と言ったらの、カギになって飛んだんだ、と。
茂八さんは「ははあ、こりゃしめた。雁に命令して、一発でしとめてやろう」と思い、「雁よ、雁よ、竿になれ」と言って鉄砲かまえた。
ところがよ、雁も雁じゃ。撃たれちゃかなわんと、竿にならずに、カギになって飛びだしたんだ。だがの、さすがは茂八さんじゃ。雁の裏をかいて、鉄砲、カギのかっこうに曲げてな、ズドン。先頭から終わりまで、全部一発でしとめてしまったんだ、と。これ本当の話だ、と。
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愛媛県の昔話の中には、「トッポ話」という系列のものがあると言われています。この「トッポ」というのは、方言で、とんでもない、奇想天外な、という意味なのだそうで、とほうもない嘘で、人をアッと言わせるような話を「トッポ話」と言うのだそうです。主に愛媛県の南伊予地方に伝わり、高知県などでも笑い話として語り伝えられています。「トッポ話」は地名とか人名をつけて「なになにトッポ話」という形で話されているのだそうで、「岩松トッポ話」とか「粂之丞のトッポ話」とかいう形で伝えられていますが、話の内容には同じものもあるようです。例えば、ここに出て来た鉄砲撃ちの話にしても、一発の弾でたくさんの獲物をしとめたとか、竹藪に弾を一発打ち込んだら、その弾が竹藪の中で跳ね返って、何と七日七晩も鳴り響いていたとか、ありそうもない話がさもあったというふうに、語られることが多いようです。とにかく、とてつもない出来事が実際にあったこと、事実だとして語られているのです。そこがまた面白さを誘ってもいるわけで「トッポ話」の特徴にもなっているようです。
愛媛県の「トッポ話」は北宇和郡の津島町から、南宇和郡にかけて多く語り伝えられていると言われています。この辺りは、リアス式海岸で知られる宇和海の南部に位置しています。獅子文六が昭和48年に毎日新聞に連載した 『てんやわんや』は、この津島町の岩松に取材した面白い「トッポ話」が基になっていると言われています。この小説は、獅子文六が夫人の郷里の岩松に疎開した時の見聞をもとにしてこの辺りを舞台にして描いたもので、突拍子もない奔放な女性が出てきたり、山奥に平家の流れをくむ美女がいたりと、それこそ「トッポ話」的な面白い要素を取り入れた小説。
『てんやわんや』は昭和25年に松竹作品として映画化され、主人公に佐野周二、それに淡島千景、志村喬らが出演、「てんやわんや」が流行語にもなりました。
津島町はJR予讃本線宇和島駅からバスの便があり、周辺は南予レクリエーション都市と呼ばれる一大レジャー地帯で、一度は行ってみたい南国の楽園地帯です。おっと、これは「トッポ話」ではなく、本当の話です。
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