飛騨高山で味わう絶品B級グルメとスーパージビエ
現在では、大野市が「北陸の小京都」、一方の高山市は「飛騨の小京都」と呼ばれています。
私が担当していた写真コンテストの常連に、高山の岩佐清さんという方がいらっしゃいました。岩佐さんは、産婦人科医で、上一之町、上ニ之町と共に、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている上三之町に医院を構えていました。築180年余りになる建物は、伝統的な町屋の造りで、病院部分をリフォームした以外は当時のままでした。
ちなみに雑誌の写真コンテストは、1989年から2007年まで続きました。岩佐さんは、当初から応募してくださり、最終回の時は80歳を超えておられましたが、きっちり優秀作を獲得。2004年には、1年間の最優秀作の中から選ばれる年度賞にも輝きました。以前のブログ(「人の営みにより作られた美しい風景 - 山古志」)で、この写真コンテストに参加された方を案内人に、ブログのタイトルに使っている「旅先案内」という企画を立てた、と書きましたが、岩佐さんも、その案内人のお一人で、お好みの撮影スポットを中心に、高山の街を紹介してくだいました。
さて、その高山に、前のブログ(「復興屋台村取材で出会った気仙沼の名物グルメたち」)で触れた、岐阜県・各務原の友人OTさんが、移住をしました。しかも、2005年に高山市に編入するまでは村だった、高根という地区に住むことになりました。この高根、北を乗鞍岳、南を御嶽山に挟まれた文字通り「高根(=高嶺)」の村で、標高1000m、冬はめっちゃ寒くなります。そこで、移住した最初の冬に、安否確認の電話をしてみました。SNSなどへの露出がめっきり減っていたため、半ば冗談で冬眠してるのかと聞いたら、一時大雪で避難勧告が出て、集落ごと避難をしたとのこと。びっくりしましたが、そんな所なら一度行ってみたいと(笑)、2月に家庭訪問をすることにしました。
そのやりとりの中で、近くにOTさんの友人が経営している塩沢山荘という宿があり、ジビエ料理(ニホンザル含む)もあるので、そこでどうか、と勧められました。家内がさる年なので、サルは勘弁と思いましたが、塩沢山荘自体が面白そうなので、OTさんのお勧め通り、そちらにお世話になることにしました。
で、当日、新幹線で移動中、OTさんから「今朝は氷点下17度と、キンキンに冷え込んでました」と連絡が入りました。わくわくモノですが、更にOTさんは、私のB級好きを見越して、到着後、まずは高山B級グルメに案内するから小腹を空かせておくように、と追記してきました。
ワイドビューひだ7号は、高山駅に13時11分に着くことになっていましたが、高根方面に行くバスが、列車到着1分前の13時10分発という、神業的な発車時間に設定されていたため、OTさんが駅まで迎えに来てくれました。そして、真っ先に向かったのが、「ちとせ」という食堂でした。
その中で、一番人気は、豚肉と目玉焼きが乗っている「肉玉子焼そば」、通称「ちとせの肉玉」だそうです。この日は、OTさんと私とで、「肉玉子焼そば」と「いか焼そば」を食べてきました。
軽く腹ごしらえをした我々は、OTさん邸へ向けて出発。高山駅から高根までは、国道361号、通称「飛騨ぶり街道」を通って30km余り。ぶり街道は、かつて富山でとれたブリが飛騨を通って信州まで運ばれた道で、旧朝日町の辺りから飛騨川と並行するように走っています。
高根に入って間もなく、冬場には流れる水が結氷する「青氷の滝」があります。その少し先に、飛騨川をせき止めた高根乗鞍湖があり、この人造湖に飛騨川の支流・塩蔵川が合流する地点を左折すると、約2.5kmで塩沢山荘、更に1.5kmでOTさん邸となります。
そんなわけで、OTさん邸へ着いたのは、夕方の5時を回っており、既に太陽が沈み始めていました。宿では夕飯を用意してあるので、その日はあまり長居をせず、塩沢山荘へ。そうです。ついに、ジビエ三昧です。
ニホンカモシカもサルも、狩猟鳥獣ではありませんが、害獣駆除は許されているそうです。で、ニホンカモシカは、シカではなくウシ科の動物なので、味も牛肉に近いんだとか。一方のサルは、昭和初期まで、新潟や長野の山間では普通に食べられていたらしいのですが・・・。
かつては、この塩沢山荘の近くにもう1軒、塩沢温泉湯元山荘という宿があったそうなのですが、だいぶ前に廃業してしまったとのこと。それでも、地元有志の方が、旧湯元山荘の露天風呂を管理・整備され、野趣あふれる温泉として、知る人ぞ知る野湯になっていました。
サービス精神旺盛なOTさんは、翌朝、この露天風呂にも、案内してくれました。夏なら、旧湯元山荘まで下る道が、ちゃんとあるのですが、冬場は雪で埋もれて、単なる雪の坂にしか見えませんでした。二人の格好と言えば、トレッキングシューズは履いていたものの、どう考えても、こんな雪の中に入って行くことはないだろう、と私は勝手に判断していました。
しかし、2000年に標高3076mの御嶽山西面流域における冬期初登(氷瀑登攀)を成し遂げた、名うての冒険野郎にとって、こんな雪は平気の平左だったのです。結局、私も、OTさんがラッセルで作ってくれた道を下り始めることになりました。露天風呂まで300mはあったでしょうか、降り積もった雪に埋もれながら、やっと着いた先には、野趣あふれるどころか、野趣あふれすぎの露天風呂がありました。ただ、この温泉も汲み上げポンプが壊れてしまい、その年の11月に閉鎖となったそうです。この時、私は足湯ならぬ指湯だけでおいとましたのですが、それを考えると、あの時、入っとけば良かったかな、と思う今日この頃です。
野湯の見学後、OTさんはもう1軒、B級グルメ好きの私のために、「国八食堂」に案内してくれました。高山市の国道41号線沿いにあり、多くのバイク乗りが訪れるため、店先のバイクを見て、バイク屋かと勘違いする人もいるとか。それもあってか、地元では知らない人が居ないほどの有名店。で、その看板メニューが鉄板焼きとうふです。なんせ来店する人のほとんどが、鉄板焼きとうふ定食か、ホルモン定食、もしくはその両方を頼むのですから間違いありません。
豆腐一丁を横に薄く四つ切りにし、更に4分割した16個の薄切り豆腐が鉄板にのってやってきます。豆腐一丁は350g。これが肉なら大変ですが、豆腐といえども結構なボリューム。味付けはこってり濃厚。ホルモン焼きのタレを使っているのかもしれません。一般的な豆腐料理の概念を覆す料理ですが、熱々の鉄板で焼かれた豆腐の焦げめが香ばしく、ご飯が進む一品です。食べ終わった時には、喉の渇きと共に満腹感を味わっていることでしょう。
最近またO君の姿を見かけなくなりましたね。・・・こんなことを書いていると現れるかも(笑)
返信削除しかし、よくも厳冬期に行かれましたね。すばらしいです。
ニホンモンキーって食べられるんですね。想像するとノーサンキューです。ニホンカモシカも特別天然記念物に指定されているのに、食べられていたなんて・・・増えすぎているんでしょうか?
サルは、実はかなりおいしいことが昔から知られていたようです。美食家としても知られた北大路魯山人も、猿を食べていたようです。
削除↓『魯山人味道』(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/001403/files/54960_48525.html
これだけ思い切りネタにしているので、Oさんにも知らせておいた方がよさそうですね・・・。
中部山岳地帯より、ご無沙汰しております。
返信削除幻のアメリカ大統領就任式を観つつ、また蛇口の凍結で風呂にも入れず燻っているOです。血液型はBなのですが。。今年の冬は、ここ3年の暖冬に相まってか大いに寒さと雪を満喫させてもらってます。ラッセルは基本中の基本で雪に埋れながら、時に埋まってしまいながらの雪中行軍です。
投稿ありがとうございます。
https://www.youtube.com/watch?v=aqjX1bQgKa8
そう言えば、家庭訪問させて頂いた時も、シャワーのノズルが氷結してましたね。八甲田山のようにならないよう、ご自愛ください。
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