おいしい食べ物が多かった観光地ナンバー1 - 高知
土佐伝統食研究の第一人者・松﨑淳子高知女子大学名誉教授チョイスの高知の食材 |
前2回の記事(松江/香川)の続編です。羽田~米子~松江~岡山~丸亀~大豊~高知~羽田と移動しながら、松江、丸亀、大豊を取材する行程の第3弾になります。
初日に、島根県松江市と香川県丸亀市で、1件ずつ取材をしたカメラマンの田中さんと私は、次なる目的地、高知県大豊町へ移動しました。大豊町は、高齢化率50%を超え、「限界集落」の言葉が生まれた高知県の中山間地で、先の松江の取材と合わせて1本の記事にまとめる企画でした。
大豊町は四国三郎の異名を持つ吉野川の源流域、四国山地の中央部にあり、北を愛媛と徳島に接する県境の町です。人口は約3500人、そのうち約58%を、65歳以上の高齢者が占めます。
高知県の中山間地・大豊町 |
1955(昭和30)年に4カ村が合併して大豊村が誕生した時、人口は2万2386人でした。戦後の木材需要の高まりと共に、国は農地から杉への転作を奨励。大豊でも山の斜面に広がっていた棚田が杉林に生まれ変わり、木材を都市に供給する林業や炭焼、また農業や養蚕で町は活気づきました。が、高度成長時代に入ると、若者たちは山を捨て都市へと流出。山には、杉とお年寄りが取り残される結果となりました。
「よく『限界集落』という言葉を聞くと思いますが、大豊はまさにその言葉が生まれた地域です」
岩﨑憲郎町長は、開口一番そう切り出しました。「限界集落」とは1991年、高知大学の大野晃教授(現名誉教授)が提唱した概念で、65歳以上の高齢者が半数を超え、集落の社会的共同生活の維持が困難な集落をそう呼びました。
「大豊町は標高200~800mの急傾斜地に集落が点在しています。現在、85の集落があり、そのうち74が限界集落です。町民の平均年齢は63歳、大野教授の概念によれば、町自体が『限界自治体』ということになります」
と岩﨑町長。が、暗くなるような数字のオンパレードでも、町長の表情は意外なほど明るいものでした。
高知市にある大豊町アンテナショップ |
「数字的には、確かに厳しいです。しかし、私自身が大豊に生まれ育ったということを差し引いても、この町は魅力のある町、可能性のある町だと思っています」
町長はそれを形にすべく、96年、町とJAなどが出資する第三セクターの大豊ゆとりファーム(代表取締役:岩﨑町長)を設立しました。そして、ゆとりファームで作った米や野菜は、高知市菜園場に設けたアンテナショップ「大豊町農産物直売店」で販売。味の良さと共に安全・安心面で高く評価され、好調な売れ行きを見せています。
実は、この半年ほど前に、「日本の食を考える」という企画で取材させて頂いた高知の伝統食研究の第一人者、松﨑淳子高知女子大学名誉教授も、この直売所がごひいきで、取材の際にも案内して頂きました。
松﨑淳子高知女子大学名誉教授と土佐料理 |
ところが、高知の人は野菜のとり方が少ないという調査結果が出たんです。生産県なのに、野菜を食べないなんて……。『園芸王国』の名が泣くでしょ。それで私、今ワンタッチで出来る野菜料理に凝ってるんです。若い人にもう一皿、これで出来るでしょっていう感じでね。
手の掛からない食事になれた食卓には季節感もなく、安全性にも問題があります。でも、手軽さと価格の安さに気を取られて、本当の味、本来の食卓からほど遠い生活をしている人が増えているんです。
本来、日本の食卓はいろんな意味で豊かなんです。でも、今は違う。今の日本の食卓を見ていると、私にしてみれば、座視出来ないって感じ。何とかして、失われた食卓を取り戻してほしい。心からそう願っています」
と、松﨑先生は話しておられました。
更に「高知の食材は、海のものも、山のものも、野のものも多彩な上、高知は奥行きがありませんから、どれも新鮮なうちに手に入るんです」と、都会の人間がうらやむような食環境に恵まれていることを強調されていました。これは、リクルートじゃらんリサーチセンターが、年に1回実施している宿泊旅行調査にも表れており、調査項目の一つ「地元ならではのおいしい食べ物が多かった」観光地では、高知県が常に上位を占めているのです。
上からカマス鮨、サバ鮨、チャーテ鮨=高知ではウリ(せんなり)を英名Chayoteで呼ぶそうです |
調査が始まったのは2005年ですが、細かい項目が出たのは翌06年からで、この最初の調査で高知県は4位となりました。そして、次の07年に1位となったのを皮切りに、今年2020年まで過去15回の調査で、1位が7回、2位が4回、4位以下4回という、圧倒的な能力を示しているのです。
そんな「おいしい高知」に行きながら、私は食に積極的になれない事情を抱えていました。松﨑先生に話を伺った前日には、高知市内で2件取材をこなしましたが、実はこの取材前の3日間、熱を出して寝込んでいました。しかも、お腹にくる風邪だったので、高知出張では、食事は慎重にしなくてはと思っていたのです。
しかし、最初の取材先が、真っ先に連れて行ってくれたのが、ホテルのレストラン。13時着という時間を考慮し、気を利かせてくれたのでしょう。その上、先方が注文してくれたのが、カツオのたたき定食。そこで、お腹の調子が悪いと正直に言ったものの、残してもいいと言われ、少しだけ食べさせて頂きました。とってもおいしかったんですが、何せこっちのたたきは厚いんですよねえ。ってわけで、お腹がやはり心配に・・・。
帯屋町の関羽 |
結局、取材が終わり、ホテルへ入ったのは21時。ホテルは高知市の繁華街、帯屋町にあるリッチモンドホテルにしており、その裏の「おびや町小路」にいい店が数軒あるというのは事前にリサーチ済み。お腹はどうやら保っているようなので、ちょっとだけのつもりで、田中さんと出掛けました。入ったのは、もつ焼きの「関羽」。串焼きのタンに煮込みといった定番から、ゆでタン、軟骨たたきなど、あまりお目にかかれないものまで注文。22時まで、ここで飲み、最後の客としてお勘定をした時、関羽のご主人が何気なく「どちらから?」と聞いてきました。
「東京」と答えると、ご主人は「ボクも東京。佃島の出身」と言うではないですか。 私は佃島の対岸・築地が事務所だし、田中さんは以前、佃島に住んでいたということで、帰るつもりが、ご主人のおごりでビールを2本飲み、しばし佃島、月島など東京談義。かなり楽しい時間を過ごして、ホテルに戻りました。
帯屋町のくろちゃん食堂 |
翌朝は、おびや町小路にある「くろちゃん食堂」で朝食を。くろちゃん食堂は、帯屋町で60年近く営業している老舗の大衆食堂です。外から見ても、メニューなどの情報が盛りだくさんなのですが、総合的に判断すると、一番は「鍋焼きラーメン」推しのような気がします。
が、朝食、しかも病み上がりなので、私はごくシンプルにおでんと焼き魚にしました。この日の朝は、やっていませんでしたが、夕方になると店の前で炭をおこし、七輪で魚を焼いているようです。焼きたても食べたかったし、メニューにあった「くじらのすきやき」も食べてみたかったなあ、と今でも時々、思い出します。
わさび、からし、一味は壁付け |
その後、松﨑先生に大豊町農産物直売店や行きつけの魚屋(田村鮮魚店)を案内して頂き、高知の食材をいろいろ教えて頂きました。更に、ご自宅でお話を伺いながら、それらの食材を使った料理を作ってくださり、料理の撮影もさせて頂きました。しかも帰りには、それらサバ鮨、カマス鮨、チャーテ鮨に、宗田節まで分けてくださり、田中さんと私は、ほくほく顔で羽田へ戻ってきました。
また、羽田~米子~松江~岡山~丸亀~大豊~高知~羽田という取材行の際にも、大豊取材の後、高知で松﨑先生にお会いし、先生ご推薦の寿司屋さんに案内して頂きました。そんなわけで、体調により厳しいかと思った高知3件の取材でも、また次のハード撮影行でも、「おいしい高知」を、私も実感として味わうことが出来ました。
さすがB級グルメレポーター❗😊
返信削除日本各地の地元料理の中で特にオススメはなんでしょう?
私の中では高知はトップ5に入ります。
高知はいいぜよ~~~
ブログを書き始めると、いろいろ思い出すのですが、普段はそもそもどこへ行ったのか、考えることがないため、ほとんど意識から飛んでいます。そういう意味で、ブログを始めて良かったかな、とも思う今日この頃です。
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