唐揚げ一筋60年。日光杉並木近くの鶏からあげ専門店 - 味の大塩

味の大塩

杉線香の取材で、日光市の今市に行ったことがあります。当時はまだ、水車小屋で杉の粉をつき、それを材料に線香を作っていました。

この時、かの有名な日光杉並木に近く、JR今市駅と東武線下今市駅の中間にあるホテルに泊まりました。ネットで検索したら、2015年にリニューアルオープンし、今は夕食もとれるようですが、その頃はホテル内での夕食はなく、外で食べるしかありませんでした。

で、イメージ的にJR側の方が飲食店がありそうな気がして、とりあえず今市駅方面へ向かって歩き始めました。すると、ものの2分もしないうちに、「味の大塩」という店を発見。が、ホテルから駅まで5分程度のはずなので、いったんやり過ごし、駅を目指して歩き続けました。

ただ、到着した駅前は明かりが乏しく、飲食店は見当たりませんでした。そこでUターンをして、最初に発見した「味の大塩」さんに入ることにしました。

席に着くなり店の人が、「うちは唐揚げ専門なんですけど」と、申し訳なさそうに一言。渡されたメニューを見ると、料理は確かに「鶏からあげ」と「鶏からあげ定食」の2品のみ。

でも私、唐揚げは好きな方だし、この取材で撮影を担当してくれた宇田川さん(現在は陶芸家兼林業家)も異論はないというので、二人とも鶏からあげ定食をオーダーしました。注文が入ると、店の方がお茶を出してくれ、一緒にお手ふきを二つ置いて行きました。当然、一つは宇田川さんのだと思い、渡そうとしたところ、あちらにも二つのお手ふきが・・・。ん? そういうシステムなのかな。ま、いっか。

というわけで、待つことおよそ15分。

出て来たのが、銀色の皿に鎮座まします立派な唐揚げ様。唐揚げは唐揚げでも、何と鶏の半身の唐揚げだったのです。まずはその偉容にテンションが上がります。箸で食べるなんざとても出来ないため、結果的に手で食べることになります。お手ふき二つの謎が解けました。

早速、かじりついてみると、お味の方も抜群。

決め手は秘伝のたれで、ベースにはさっぱりとした味が特徴のしょうゆを使っているのだそうです。そして、この自家製たれに漬け込んだ若鶏の肉をじっくり揚げます。そのため皮はパリパリ、肉はふっくら柔らかな中にも歯応えがあり、奥まで味が染み込んでいました。これを、銀の皿にこんもり盛られた塩をつんつんと付けて食べるのが、大塩の流儀。

創業は1960年というから、今年でちょうど60年。開店当初はカツ丼や親子丼など、他の料理も出していたそうですが、唐揚げがあまりに人気で専門店に衣替え。もともと鶏肉を扱う精肉店からの転身組だったため、お客さんも鶏ファーストで注文していたのかもしれませんね。

以来、メニューと言えば、鶏からあげ一直線。まあ実際にこの味に触れると、お客さんがこればかり注文したというのもうなづけます。

ちなみに私はこの後も、日光で取材があった際に一人で再訪。また3年前、家族で旅行をした際に立ち寄ったものの、お店の方の急用で休みに当たってしまい、残念ながら食べることが出来なかった話は、昨日のブログに書いた通りです。

 ◆

せっかくなので、杉線香のことにも触れておきます。

今市は江戸時代、日光街道、例幣使街道、会津西街道という三つの街道が合流する宿場町として栄えました。三街道の両側には、古いものでは樹齢400年近い杉の巨木が1万本以上連なっています。これが、世界一長い並木道として、ギネスブックに認定されている日光杉並木です。

もちろん杉線香に、この杉が使われているわけではありません。今市は地域の6割が山林で、その約半分を杉などの針葉樹が占めています。そのため林業が盛んで、県内有数の木材集積地となっていました。そして、この杉を使って線香が作られており、杉線香としては日本一の産地となっています。

今市で杉線香作りが始まったのは150年以上前のこと。日光見物に訪れた越後・片貝村(現在の小千谷市)の安達繁七という人が、延々と続く巨大な杉並木に目を奪われたのがきっかけだと言います。周囲の山々も、見事な杉に覆われているのを見た繁七さん、古里の農家が副業にしていた杉線香作りをヒントに、この地で線香を作ったらいいのではと思いついたわけです。

材木業者が伐採した後の枝葉を拾い集めて原料にするため、山の掃除にもなると材木業者も諸手を挙げて受け入れてくれ、安い値段で原料を手にすることが出来たそうです。更に繁七さんは、今市周辺に多かった精米用の水車に着目。これを動力源として杵をつき杉粉を作ることにします。

こうしていわば日光見物の観光客が始めた線香作りが、やがて豊富な原料と動力に恵まれ、今市の地場産業として定着。今では日本一の生産量を誇る杉線香産地にまでなっているというわけです。

我々が取材をさせてもらった時には、粉から線香を作る過程は機械化され、近代的な産業に変わってきていましたが、製粉は昔と変わらぬ手仕事で、後継者不足に悩まされていました。杉粉をつく水車小屋は、その時で2軒を残すのみとなり、記事では「昔ながらの作業風景を見られるのも、あと数年のことかもしれない」と締めくくりました。

ただ、これは思わぬ形で現実のものとなります。2015年9月の関東・東北豪雨で最後の水車小屋が被災。昨年2月、県が補助金を出して、水車小屋は修復されましたが、肝心の作り手である浅田邦三郎さんは、「水車小屋と一緒に情熱も流された」として引退。150年以上続いた水車での杉粉つくりは、こうして幕を閉じました。

※杉線香自体は現在でも今市の地場産業として盛んに作られています。なお、茨城県石岡市八郷では、今も水車でつく杉粉を使って杉線香作りが行われているそうです。ちなみに八郷にも取材に行ったことがあるのですが、この時は竹矢を取材させてもらいました。当時、八郷竹矢を作っていたのは4代目の小池貢さんと長男・和義さん、それに従兄弟の助川幸喜さんの3人でしたが、今では和義さんの息子さん豪さん、助川さんの息子さんの弘喜さんが後を継いでいるようです。

栃木県日光市中央町7‐17
0288-21-0150
鶏からあげ1200円。定食は、鶏がらスープのみそ汁とご飯、香の物が付いて1700円(2020年現在)。最近知ったのですが、クール便での地方発送も可能らしいです。

コメント

  1. 日光を見ずして結構と言うなかれなのか、ナポリを見て死ねなのか、私はどちらも見てませんが、まずは日光に行きたくなりました。

    東照宮より鳥の唐揚げ様に惹かれました(笑)

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    返信
    1. そう言えば、秋の紅葉シーズンは奥日光が大渋滞となるんですが、「この大渋滞を見
      ずして、もう結構と言うなかれ」と皮肉る人もいるほどです。

      削除

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