杜氏の技と蔵元のこだわりが生む越後の隠れた銘酒たち

2014年9月に、アーチ曲線が特徴的な新駅舎となった越後線内野駅は、かつて「鶴の友」駅と呼ぶ人がいました。というのも、旧駅舎の上に「鶴の友」という巨大看板が立っていたのです。「内野駅」の看板はその隣に、小さな(それが普通だったんでしょうが・・・)白い文字でひっそりと掲げられていました。

これなら「鶴の友」駅と呼ばれても不思議はない。そう私も思いましたが、そもそも「鶴の友」って何? 新潟以外の人にとっては、聞き慣れない名称に違いありません。

それもそのはず、県外不出の地酒の名前だからです。蔵元が、地元の人の口に合った酒造りを目指し、新潟市以外ではほとんど売られていません。しかし、その旨さは口コミなどで広まり、今や知る人ぞ知る幻の銘酒となっています。

「鶴の友」の蔵元は、内野駅から真っ直ぐ南へ向かって歩き、国道に出たところで左折。すぐに樋木酒造の風格あるたたずまいに出くわします。建物が国の文化財に指定されており、酒蔵としての年輪を感じさせます。ここから更に500mほど東へ行くと、「越の関」のブランドで知られる塩川酒造があります。かつては、そのまた500m先に「日本海」の伊藤酒造、また駅前通りを挟んで樋木酒造と反対側の国道沿いには「朗」の濱倉酒造があり、内野は酒蔵の町と呼ばれていました。

こんな至近距離に、造り酒屋が集中していたのは、良質な水を豊富に使える立地と、陸運、水運の便の良さ、新川開削工事や北国街道を行き交う人で賑わい、町全体が繁盛したことによります。1818(文政元)年、信濃川に合流していた新川を開削し、直接日本海に放流するために始まった新川開削工事では、全国から人が集まり、その人たちの飲食をまかなうために料亭が栄え、造り酒屋も多数生まれたというわけです。


また、新潟は酒造りのプロ越後杜氏の本拠地です。江戸時代初めまで、日本酒は新酒、間酒(あいしゅ)、寒前(かんまえ)、寒酒造りと年4回仕込んでいました。しかし、江戸幕府が秋の彼岸以前の酒造りを禁止。米本位制をとっていた幕府にとって、米の大量消費が米価を高騰させ、経済が混乱することを恐れたからです。

また、寒造りの酒は旨い、という評判もあり、この頃から日本酒は11月から3月にかけての寒造りが主体となり、その期間だけ酒造地へ出向いて酒造りをするプロ集団が誕生することになりました。

新潟の冬は、山間部は雪に閉ざされ、沿岸部もまた時化により漁に出られない日が続きます。酒造りは、そんな農家や漁師の格好の副業となりました。一方、酒造家にとっても、年間を通じて人を雇う必要がなく、人件費が削減出来るというメリットがあり、酒造り集団に頼るようになったのです。


日本酒には、短粒米のうるち米を使います。酒米は粒が大きく、心白部分が大きいほどいいとされます。特に吟醸酒などでは、兵庫の山田錦や新潟の五百万石など、酒造好適米と呼ばれる特別な品種が使われます。

米は外に近いほどタンパク質や脂肪が多く、これが酒の味を損ねます。そのため外の部分を出来るだけ削ることが、いい酒の条件となります。吟醸では精米歩合35%、つまり65%も削る酒もあります。

精米した米は、更に表面の糠を除去するため洗米します。洗米後は水に漬けるのですが、浸かり具合によって、この後の蒸米の仕上がりが微妙に異なるため、吟醸酒などでは杜氏がストップウォッチ片手に秒単位で指示を与えます。

この後も蒸し、麹造り、酒母造り、仕込み、圧搾、火入れとさまざまな工程の中で、杜氏を始め蔵人たちは丹精を込めて酒を造り上げます。

ところで、今から約2000年前、この辺りは内野砂丘が形成されていました。雪解け水や雨水が砂丘に染み込んで地下水となり、砂丘の間の低地にわき出して湿地になりました。やがてそれが田んぼになり、米どころ越後平野を生み出したといいます。

砂丘によってろ過された地下水は、非常にきれいな水で、まさに「酒造好適水」と呼ぶにふさわしい水となります。実は、新潟市で水道の設置が最も遅れたのが内野地区で、ここの井戸水があまりにきれいで旨いため、市長さえ水道がないことに気づいていなかったというエピソードがあります。

内野の地酒は、蔵元のこだわり、杜氏の技、それに砂丘を流れる滑らかな地下水が、絶妙なハーモニーを奏で生まれるのです。

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