日本ワインの革命児・ウスケボーイズを探して

津金学校

北杜(ほくと)市は山梨県最北端、八ケ岳や甲斐駒ケ岳といった山々に囲まれ、ミネラルウォーター生産量と日照時間がいずれも日本一という豊かな自然に恵まれた町です。水に関して言えば、北杜市には日本名水百選に3カ所が認定されるなど、日本屈指の名水の里ともなっています。

日本名水百選の一つ、三分一湧水は、雑木林の中にあり、水温11℃の水が1日約8500トン湧き出ています。戦国時代に、水争いをしていた三つの村に等配分するため、武田信玄が堰を築いたという伝説が残っており、湧出口の分水枡に三角石柱を築き、三方向に流水を分岐させています。

北杜市の面積は山梨県で最も広い602.5km2で、私が住んでいる越谷市(60.2km2)のちょうど10倍もの広さがあります。というのも、平成の大合併で8町村が合併して生まれた市だからで、例えば三分一湧水は旧長坂町、避暑地として有名な清里高原は旧高根町、八ケ岳高原の表玄関で、小海線の起点となる旧小淵沢町など、いろいろな顔を持っています。

三分一湧水
三分一湧水

合併した8町村の一つ、旧須玉町は、長野県と接する北側は奥秩父山塊で、秩父多摩甲斐国立公園の一部になっています。この旧須玉町の津金地区に、日本で唯一、明治、大正、昭和の三代にわたる校舎が残る津金学校があります。

津金学校は、1872(明治5)年に発布された学制に基づき、73年、下津金村に創設されました。ただ、校舎はなく、東泉院というお寺の本堂を仮校舎としていました。翌74年、下津金村と上津金村が合併して津金村となり、75年になって擬洋風建築の木造校舎が完成しました。

この頃(73~87年)に建てられた擬洋風建築は、当時の県令(現代の県知事)である藤村紫朗の名を取り、藤村式建築と呼ばれています。藤村は、後に土木県令とあだ名されるほど建設好きで知られ、71年に小参事として赴任した大阪では、神戸の居留地のコロニアルスタイルに影響を受けた擬洋風建築の小学校建設を推進。そして73年に山梨県令となって以降、藤村により100軒以上の洋風建築が建てられたと言われています。

おいしい学校
おいしい学校・前菜に続くパスタ
津金学校もその一つでした。津金学校は、学校制度の変遷に合わせて、津金学校→津金尋常小学校→津金高等小学校→津金尋常高等小学校→津金国民学校と何度も名前を変え、1947(昭和22)年の学校教育法制定に伴い津金村立津金小学校と同中学校になりました。その後、55年に津金村を含む4村の合併により須玉町が発足し、須玉町立となります。その間、24(大正13)年に校舎を増築(大正校舎)、53年には中学校単独の校舎(昭和校舎)が完成し、ここに明治、大正、昭和の三代校舎そろい踏みとなりました。

おいしい学校
おいしい学校・メイン
しかし、68年には中学校が須玉中学校に統合され廃校。更に85年には、須玉町内6小学校が統合されて、須玉小学校が発足したのに伴い、小学校も廃校となりました。その後、明治校舎は87年にいったん解体されますが、90年に復元、92年からは須玉町歴史資料館となっています。また、大正校舎はそば打ちやほうとう、農業など各種体験の出来る「大正館」、そして昭和校舎はイタリアンレストランや宿泊施設などを備えた「おいしい学校」として生まれ変わりました。

おいしい学校
おいしい学校・デザート
北杜取材の際、このおいしい学校で昼食をとりました。実は、お目当ては校舎ではなく、三代校舎の近くにある津金ワインだったのですが・・・。

だいぶ前のことですが、雑誌『dancyu』で、日本のワインを特集しており、その中に「日本のワインを変える新星たち」という記事がありました。記事では、岡本英史さん(ボー・ペイサージュ/山梨県須玉町)、曽我彰彦さん(小布施ワイナリー/長野県小布施町)、城戸亜紀人さん(Kidoワイナリー/長野県塩尻市)の3人が紹介されていました。彼らは山梨大学大学院(現在のワイン研究センター)でワイン造りを学び、修了後、ワイン・コンサルタントの浅井昭吾さんに師事。浅井さんから強烈な薫陶を受けます。そして、浅井さんのペンネーム「麻井宇介」にちなみ「ウスケボーイズ」を名乗り、定期的に情報交換を行いながら、ワイン造りに励んでいる、という内容でした。

そして記事には、おそらく彼らは日本のワインの常識を根底から覆す、とてつもないワインを造り出すだろう、と書かれていました。

城戸ワイン
城戸ワイン
何はともあれ、一度飲んでみたい。そう思ったのですが、生産量が極端に少なく、市場にはほとんど出回ることはないようでした。が、取材先が北杜市で、しかも「おいしい学校」に岡本さんの津金ワインが置いてあるという耳寄り情報を得たので、これはもう行くしかない、と。

が、残念ながら、この日は津金ワインの在庫がなく、ワイナリーの目と鼻の先にいながら、津金ワインを味わうことは出来ませんでした。

ただ、神様は私を見捨ててはいなかったのです。その日、翌日の取材のため、長野県の塩尻に移動しました。宿は塩尻駅前のホテルです。夕食のためホテルを出て、適当に歩いているうち、「BrasserieのでVin」というダイニングバーを見付け、入りました。

すると、どうでしょう。城戸ワインが普通に置いてあるではないですか。まさに、ほよよ! です。当然、迷わずオーダー。私が飲んだのは、メルローでした。

日本を代表する赤ワインである桔梗ケ原メルローを始め棚栽培が盛んな塩尻にあって、城戸さんは垣根栽培にこだわっています。それは、ひと房に土中の成分を集中させ、より土地の個性を宿らせるブドウから表情豊かなワインが出来ると信じているからだそうです。

城戸さんが作るワインは、基本的に「オータムカラーズ」「プレミアムメルロー」「プライベートリザーブ」の3シリーズで、私のはプレミアムメルローでした。ただ、最高品質のワインが出来た場合だけ、これに「プロジェクトK」という一品が加わるらしいのです。で、また思うんですよね。一度は飲んでみたい、と。

津金ワイン
津金ワイン
 ◆

それから1年近くが経ったある日のこと。その頃、私は築地に事務所があり、昼食は築地や新富町界隈で食べるのが常でした。その中に、いつもご飯がなくなり次第ランチ終了となり、めったに入れない店がありました。ところが、その日はお盆近くで人が少ないのか、すんなり入れました。そして、オーダーをしてから、ふとワインのボトルが並ぶ棚に目をやると、津金ワインが置いてあったのです。またもや、ほよよ! です。

何かつてがあって入手しているのか、店に人に聞いてみると、津金ワインは2年前のものが少しだけ残っていますとのこと。去年は入って来なかったそうで、これは早めに飲みに来なければ・・・と固く決心したものです。

で、日をおかずに、その店「鈴萄(りんどう)」へ。いやあ、灯台下暗し、津金で飲めなかったのに、築地で飲めるとは。出て来たのは2009年のもので、いい案配に熟成して、鈴萄のおばんざいにもよく合って、料理もおいしく食べることが出来ました。鈴萄でも2009年もの以来、入手出来ていない(抽選に当たらない)そうで、本当にラッキーだったのかもしれません。

その後、天童からお酒大好きおじさんの友人3人がこちらへ来た際、鈴萄へ行き、津金ワインを注文してみました。すると、それが最後の一本とのこと。4人で、心して飲ませてもらいました。

※『BRUTUS』2015年10月号の「世界に挑戦できる日本ワインを探せ!」という特集で、城戸ワインが赤白共に日本ワインのトップに選ばれて話題になりました。


コメント

  1. 天童のお酒好きおじさん達はいい目をしたんですね。普段は輸入モンしか飲まない私ですが、国産モンにも素晴らしいワインがあります。

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    1. 山梨のワインは昔、勝沼の宿(鈴木さんだったと思います)の一升瓶ワインをネタで買っていたぐらいで、少々小馬鹿にしていたんですが、今は非常にいいものが出来ていますね。ただ、入手困難ですけど・・・。

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  2. 甲斐駒ケ岳の尾白川の水は美味しい。ついミネラルウォーターは「南アルプス天然水」を手に取ってしまいます。甲州ワインはあまり呑んだことはなく、長野ワインはたまに塩尻の道の駅小坂田公園で買ったりしますが、手に取るのはメルロ。岐阜県から国道19号線を塩尻に向かう道中に
    は棚作りのブドウ畑が続き、ブドウ狩りもできたりと、諸外国のような垣根作りは見たことないです。そうなんですね「城戸ワイン」ちょくちょく通るのでワイナリーを訪れてみましょうか。

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    1. 城戸さんの所はワイナリーの見学は受け付けていないみたいなんですが、仲良しになれたら、見せてもらえるかもしれませんね。

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