「お接待」のこころが息づく町 - 神山町


毎年4月の第2日曜日、徳島県神山町小野の天王神社境内にある農村舞台で、人形浄瑠璃寄井座の定期公演が行われます(今年の公演は、新型コロナウイルス感染予防のため中止となりました)。

徳島県は人形浄瑠璃が盛んで、県内には農村舞台が全国最多の240棟もありました。しかも、他県の農村舞台は歌舞伎系ばかりなのに、徳島では1棟を除いて全て人形芝居系で、人形浄瑠璃の人気の高さを物語っています。定期公演をする寄井座も、神山で170年以上もの歴史を持つ一座です。

神山町の小野さくら野舞台は、1951(昭和26)年に造られました。小野さくら野舞台保存会の小川一清会長によると、小川さんが子どもの頃は、ここで映画も上映されたそうです。農村舞台はまた、村人の集会場として、祭りの酒盛りの場として、村の拠点となっていました。

が、時が経って建物の老朽化が進むと共に、娯楽の多様化などで演者が減り、一時、休眠状態となりました。そんな中、1975(昭和50)年に神山町婦人会が、「人形浄瑠璃かじか婦人学級」を組織。寄井座の座員から人形づかいを学び、更にこれらの婦人たちが寄井座に加わることになりました。

この時、婦人会に呼び掛け、かじか婦人学級結成のきっかけを作ったのが、現在、自らの一座・名月座を主宰する後藤伊都子さんでした。後藤さん自身、人形づかいは、かじか婦人学級で学びました。そして今は、それを広く伝えていこうと、徳島文理大学人形浄瑠璃同好会の指導をしており、お会いしたところ非常に穏やかな印象ながら、人形浄瑠璃にかける並々ならぬ情熱がうかがえました。

雨乞の滝
日本の滝百選・雨乞の滝
こうした努力が実を結び、近年、神山では人形浄瑠璃や農村舞台など伝統文化の見直しが始まっています。特に徳島特有の舞台装置・襖絵は、調査で約1500枚も残っていることが判明。そもそもは舞台背景なのですが、徳島では襖からくりという独特の仕掛けによって次々と背景を変えていきます。それがいつしか、人形浄瑠璃とは別の独立した出し物として上演されるほどになったといいます。

襖絵は絵師が、庄屋や富豪の屋敷に滞在し、制作したようです。神山では1999(平成11)年から、国内外のアーティストを一定期間招請して、滞在中の活動を支援するアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業を実施していますが、襖絵はその古典型とも言えるでしょうか。

その後、2001(平成13)年に、小野さくら野舞台での寄井座の人形浄瑠璃が復活。更に07年には増改築事業を行い、装いも新たに生まれ変わりました。そして翌08年から毎年、公演日が定められ、寄井座の人形芝居や保存会による襖からくりが、上演されています。

 ◆

神山はまた、日本一のすだち産地としても知られます。小川会長のお宅も、すだちを作っており、ご自宅にお邪魔して、その選別を見せて頂きました。すだちは徳島原産で、ゆず、ゆこう、大分県のカボスなどと同じ香酸かんきつ(酢みかん)です。

小川さんによると、神山では古くから庭に1、2本のすだちを植え、自家用に使っていたそうです。本格的な栽培は1950年代後半から始まり、今は約600戸の農家が、およそ2000トンを生産しています。

すだちは、比較的新しい作物ですが、焼き魚に刺身に、鍋にと何にでも合うことから、今や全国区の人気となっています。帰り際に、夫人の賀代子さんが作られた100%天然果汁のすだち酢を頂きました。家に帰って鍋に使ってみましたが、風味がぐんと増した上、さっぱりとした味に仕上がりました。絶対お勧めです。

ところで、この取材では、ある撮影場所が分かりにくいから、と地元でボランティア活動をされている粟飯原康史さん・國子さん夫妻が同行してくださいました。國子さんさんはボランティアとしてAIRに関わり、アーティストをあちこち案内しているそうで、結局、終日お付き合い頂きました。

焼山寺
第十二番札所・焼山寺
四国には、お遍路さんをもてなす「お接待」の風習がありますが、神山の取材中、いろいろな場面でそれを感じました。AIRで滞在したアーティストが、その後、神山に定住したり、毎年来日していると聞いて、さもありなんと思ったものです。もう1泊うちに泊まっていけば、という粟飯原夫妻の言葉に、かなり後ろ髪をひかれた私でした。

コメント

  1. 人形浄瑠璃を生で観たことはありません、一度は観てみたいですね。
    浄瑠璃のあの節回しは何とも惹きつけられます。
    阿波の鳴門・順礼歌の段ですよね、泣かせる場面です。田舎歌舞伎で、この段の裏方をやった事があります。皆さんのご苦労があっての賜物ですよね。

    四国八十八ケ所巡礼は、本当にいつか行いたいと思っています。

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    1. 取材でさわりは見せてもらいましたが、私も通しでは拝見していません。粟飯原ご夫妻を始め、皆さん元気で活動されてるようなので、再訪したい場所の一つです。

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