静かな山間にたたずむ赤い町並み

吹屋の赤い町並み

トラックが、人気のない静かな山間の道を走っている。いくつものカーブを曲がり、やがて集落へ入って行く。赤い瓦で統一された、非常に美しい家並が続く……。

 ◆

もうずいぶん前のことですが、その家並をテレビのコマーシャルで見ました。そして、何とか場所を突き止めようと図書館に通い、資料を探しました。ヒントは赤い瓦です。以前、山陰本線の車窓から、似たような瓦を持つきれいな町並みを見たことがありました。

吹屋その瓦は石州瓦といって、石見地方特有のものでした。石州瓦は、飛鳥時代の石見国分寺の建立に始まり、江戸時代初期、浜田城築城と城下町建設のために造られたのが、基盤となりました。

江戸中期には、雲州地方の来待石(きまちいし)からとれる釉薬を使うことで、独特の赤瓦として注目を浴びました。主な産地が、島根県の江津市辺りだということも分かりました。以前に山陰本線の車窓から見たのが、この江津でした。が、江津は山陰海岸沿いにあります。あのCMは明らかに山の中でした。そこで、島根県の山側の町を調べてみましたが、該当する場所は見つかりません。

場所の特定が出来たのはその後、岡山県である企画の取材地を探している時でした。高梁に、備中松山城という、きれいな山城があります。ここを取材候補として、周辺を調べているうち、偶然、赤い家並が隣の成羽町吹屋(現在は高梁市成羽町吹屋)にあることを知ったのです。

旧成羽町は岡山県中西部、吉備高原の西北端にあリ、東西に流れる成羽川に沿って開けた山里の町です。成羽川は東へ8kmほど流れて高梁川に合流、そこから南へ下り、玉島で瀬戸内海に注ぎます。江戸期には高梁川、成羽川を高瀬舟が通い、その舟運により栄えました。川は成羽を過ぎると深い峡谷となり、ここで小高瀬に積み代えるか、荷を降ろして陸路を行くしかなかったため、成羽はその中継港としてかなり賑わったようです。

成羽からの陸路は吹屋往来と呼ばれ、成羽町吹屋を通り、岡山県北西部、広島県北東部を成羽へつなぐ重要な産業道路でした。中国山地は鉱物資源が豊富で、鉄や銅がこの往来を通って成羽へ運ばれ、そこから高瀬舟で玉島港、更に廻船で大坂方面へと輸送されていきました。また、米や塩などの生活必需品が、その逆のルートで瀬戸内から山間部へ送られていたのです。

吹屋
この吹屋往来の宿場町・吹屋は、かつては銅山と弁柄(ベンガラ)で栄えた集落でした。吹屋銅山の起こりは9世紀初め、あるいは15世紀初めとも言われ、その起源は確かではありません。が、近世初期以降の銅の産出は文書により明らかで、近世初頭から末期まで吹屋銅山は中国地方最大の産出量を誇っていました。

18世紀に入ると、銅と並んで弁柄の生産も始められました。1707(宝永4)年から硫化鉄鉱を原料に始まった弁柄の生産は、その後、緑礬(りょくばん=ローハと呼ばれていた硫酸鉄)の開発により本格化。それまで大坂で作られていた鉄屑利用の弁柄に勝る品質だったため、あっという間に全国へ販路を広げていきました。弁柄は木造建築の塗料を始め、陶磁器や漆器、織物の染色などの赤色顔料として多方而に利用され、吹屋の集落には弁柄窯元を始め商家が軒を連ねました。その町並みが、現在もほぼ原型のまま残っていますが、それらは弁柄で栄えた江戸末期から明治初期にかけて建てられた家です。

個々の家は、取り引きで訪れた京都、大坂の町家の様式を取り入れ、格子だけを見ても京風、高山風とさまざまな形態を持っており、統一性はありません。が、各家の機能と特性に応じた形に作られ、誇張も虚飾も存在しない、いわば用の美とも言える町並みが出来上がりました。しかも、ベンガラ格子の家に赤褐色の瓦がのっていることで、町並み全体としては調和が保たれています。

赤褐色の瓦屋根は、高瀬舟で往来があったはずの瀬戸内地方とは明らかに違う色で、想像通り石州瓦でした。建物自体も、わざわざ石州大工を招いて建てた家がほとんどですが、これは偶然ではなく、町の旦那衆が石見から宮大工の棟梁を招き、町全体の統一感を重視して建てさせたと言われています。恐らく瓦の顔料として弁柄を販売し、それを通じて石見地方とはかなりの交流があったのでしょう。

広兼邸
銅山経営と弁柄製造で栄えた広兼邸


その吹屋の赤い家並は1977年、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。吹屋では、町並みの他にも、木造の現役校舎としては国内最古とされる吹屋小学校や、城を思わせる石垣を持ち、二度にわたって映画「八つ墓村」のロケに使われた大邸宅広兼邸などが見所。また、高梁の市街地には、備中松山城という美しい城があり、現存する山城としては、日本一高い場所に位置しています。

コメント

  1. 沖縄の赤瓦とはまた趣きの異なる瓦でね。

    弁柄って何?調べると酸化鉄のことなんですね。名前の由来は、インドのベンガル地方だとか。ますます分からなくなりそうです😆

    返信削除
    返信
    1. 沖縄の赤瓦は素焼きだと思いますが、石州瓦は来待石の釉薬を使っています。島根県・江津の家並も、とてもきれいでした。

      削除
  2. 赤褐色の瓦屋根にベンガラ格子、粋な色合い街並ですね。
    飛騨地方のトタン屋根も赤褐色、物は違えど近親感を感じます。

    返信削除
    返信
    1. 我が家もそうですが、今は粘土瓦の家は少なくなりましたね。地震が多いこともあるんでしょうが、スレートや、ガルバリウムなどの金属系が一般的になってきました。それもあって、統一感のある家並というのは、希少価値があると思います。

      削除
    2. 夜分の書き込みで、、すいませんでした。
      「親近感」でした。一度書き込むと修正きないので気をつけますm(_ _)m

      削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

悲しい歴史を秘めた南の島の麻織物 - 宮古上布

『旅先案内』都道府県別記事一覧

米どころ偲ばせて「養生糖」 新潟県新発田

愛媛県南部の初盆行事 - 卯之町で出会った盆提灯

岩手の辺地校を舞台にした「すずらん給食」物語

上州名物空っ風と冬の風物詩・干し大根 - 笠懸町

越後に伝わるだるまの原型「三角だるま」

地域の復興に尽くすボランティアの母 - 八幡幸子さんの話

飛騨高山で味わう絶品B級グルメとスーパージビエ

日本最北端・風の街 - 稚内