日本海の荒波と風雪が造り出した自然の彫刻 - 浦富海岸

千貫松島

岩美町は鳥取県の最北端、北を日本海に面する港町です。浦富海岸と呼ばれるこの辺リの海岸線は、日本海の荒波による長年の侵蝕作用で、断崖、絶壁、洞窟、洞門、奇岩、岩礁などがあちこちに点在し、変化に富んだ景観を演出しています。しかも、それらの多くは緑滴る老松を頂き、周囲の白砂青松の取リ合わせと共に、海岸の美しさを一層引き立てます。

眺めが、宮城県の松島に似ているところから、「山陰の松島」とも呼ばれます。が、大阪朝日新聞からの依頼でこの地を取材した島崎藤村は、「松島は松島、浦富は浦富」と、その独特の海岸美を絶賛したといいます。大阪朝日新聞に掲載された紀行文『山陰土産』から、その部分を抜粋してみましょう(元の記載のままです)。

浦富海岸
「無數の島々から成る眺めの好い場所といふと、人はよく松島あたりを比較に持ち出す。この比較は浦富には當てはまらない。松島はあの通り岸から離れた島々のおもしろさであるのに、私達がこゝに見つけるものはむしろ岸に倚り添ふ島島の眺めであるのだから。こゝでは海岸全體が積み重ね積み重ねした感じをもつて私達に迫つて來る。これはこの附近にかぎらず、やがて山陰道を通じての海岸の特色であらう。松島は松島、浦富は浦富だ」

浦富海岸は隣接する鳥取砂丘と共に山陰海岸国立公園に指定されています。日本海の荒波と風雪が造り出した自然の彫刻とも言えるダイナミックな景観で、松島の女性的な美しさに対して、豪快で男性的なところが魅力と言われます。浦富海岸には、網代から城原海岸まで、遊歩道が設けられており、その魅力をたっぷり味わうのに最適です。

網代港は山陰でも有数の松葉ガニの水揚げ港。浦富海岸自然探勝路の入口は、そんな漁港の片隅にあります。遊歩道の始まりは登りから。「海はどこなんだ」と、不安になり始めた頃、やおら視界が開け、絶壁と青い海が目に飛び込んできます。しかし、右手には民家があったりして、本当にここでいいのか、また不安になります。それでも、左手の海に目をやると、なにやら格好のいい島があります。

それが、千貫松島です。周囲50m、高さ10mの洞門で、頂に青々とした松が生えています。かつては見事な老松が枝を広げていて、ここを訪れた鳥取藩主・池田綱清が「我が庭にこの岩つきの松を移す者あれば禄千貫を呈す」と言ったことから、この名がついたと言われます。その松は枯れてしまいましたが、いま2代目の松が植えられ、景観に風趣を添えています。

更につづら折れの階段を登って行くと、網代展望台に出ます。展望台からは360度のパノラマが展開し、彼方には鳥取砂丘も望めます。

浦富海岸
このまま遊歩道を歩いても片道3kmほどですが、はしょりたい方は車で移動しても、それぞれ駐車場が用意されています。

で、次なるポイントは、浦富港方面へ向かって車で5分ほどの鴨ケ磯展望所。山の上の駐車場に車を置き、遊歩道まで下って行きます。しばらく行くと、探勝路に突き当たり、左は山の中の登り道、右は鴨ケ磯となります。

右手の鴨ケ磯に向かって山道を抜けると、まるで海の庭園のような入江に出ます。松を抱いたいくつもの島々が点在し、真白い砂浜が孤を描いています。日本の海辺の原風景を見るようで、なにかしら懐かしささえこみあげてくる海岸です。

砂に足をとられながら浜を抜け、岩場の道を歩いて行くと、そこにも小さな入江があり、老松が大きく枝を張っています。水はあくまでも透き通り、心まで洗われるようです。

第3のポイントは、城原海岸。城原海岸の駐車場までは下り道となります。時々、海岸が見え隠れし、楽しいドライブが続きます。駐車場から海岸までは、山を下った分、かなり楽に下りて行くことが出来ます。

ここは浦富海岸の中でも絶景地とされている場所なので、期待が高まります。城原海岸からは、いくつもの島が一列に連なっているのが見えます。いわゆる菜種五島で、菜種島は春になると野生の菜の花で彩られます。

ここまでが、浦富西海岸と呼ばれ、一方の東海岸には岩石海岸や龍神洞と呼ばれる山陰最大級の海食洞などがあります。また、浦富海岸は遊歩道からだけでなく、海側からも見ることが出来ます。陸から見る風景とは、また一味違った光景が展開するので、時間を割いて乗ってみたいところです。

 ◆

浦富海岸

浦富海岸はまた、日本海屈指の漁業基地ともなっています。東西15kmに及ふ海岸線には、西から網代、田後、浦富、東の四つの漁港があります。ここに水揚げされる海産物はカニ、エビ、イカ、カレイ、タラ、シイラなどで、特に冬の味覚の王者・松葉ガニは全国一の水揚げ量を誇っています。

松葉ガニは、正式にはズワイガニと言いますが、山陰ではこのほうが一般的で、北陸に行くと同じものが今度は越前ガニとなります。松葉ガニの愛称は、カニの脚のなかに松葉のような筋が入っているところから生まれたと言われます。が、もう一つ、こがらしが吹き、松葉が落ちて、漁師の嫁たちが冬に焚きつけにする松葉を集めに行く頃に力二がやって来るので、松葉ガニと呼ばれるようになった、という説もあります。そして、その説の通り、松葉ガニの解禁は毎年11月と決められ、それから翌年の3月までが漁期となります。

また、岩美は「幻のエビ」と呼ばれるモサエビが水揚げされることでも知られます。モサエビは、甘エビ以上の濃厚な甘みがありますが、足が早いため、遠隔地への出荷は難しく、地元でしか食べることが出来ません。モサエビの正式名称は「クロザコエビ」。北陸や近畿の日本海側などで水揚げされ、土地土地で名前が違うようですが、知名度が上がったのは、1990年代後半に、岩美町が特産品として売り始めてからだそうです。

コメント

  1. 山陰海岸ジオパークの一角ですね。なんでも大昔ユーラシア大陸の端っこにあった場所が大陸から切り離された時の地質が残っているのがこの辺りだと説明を聞きました。

    去年は🦀食べなかったことを思い出しました。

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    1. そう言えば兵庫県は瀬戸内から日本海まであるんですね。城崎辺りで食べられるんですか?

      削除
    2. 瀬戸内海というより、淡路島の南はほとんど太平洋です。

      削除

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