霧が生み出すまろやかな味と香り - お茶の里・川根本町
駿河路や花橘も茶の匂ひ(芭蕉)
元禄7(1694)年、芭蕉は江戸を発って東海道を京へ向かいます。その途中、「越すに越されぬ」と馬子唄に歌われた東海道随一の難所・大井川で、増水のため川留めにあってしまいます。結局、芭蕉は島田に4日間逗留し、その折に詠んだのがこの句でした。
芭蕉が旅をしたのは旧暦の5月中旬、現在の暦だと6月初め頃で、ちょうど白いタチバナの花が咲いていたのでしょう。タチバナはミカン科の常緑樹で、花は柑橘系の爽やかな香りがします。そのタチバナの香りでさえ、静岡の茶の匂いにはかなわないというような意味の句です。江戸期には、既に静岡が茶どころだということは広く知られていたことが分かります。
ちなみに、「旅行けば駿河の国に茶のかおり」は、広沢虎造の浪曲「清水次郎長伝」の出だしですが、これは芭蕉のこの句を下敷きにしたものです。ついでに、虎造の「石松代参」は「秋葉路や花橘も茶のかおり」で始まりますが、秋葉路は島田のお隣・掛川のことで、更に芭蕉の句に近い一節になっています。
このように、静岡と言えば、富士山と共にお茶を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。実際、畑から摘んだ葉を一次加工した荒茶の生産量では、静岡県が日本一で、最近落ちてきてはいるものの40%以上のシェアを持っています。
茶畑は県内の至る所に見られますが、中でも有名なのが大井川流域一帯で、量的には下流の牧の原周辺、質的には上流の川根周辺が有名です。茶樹の栽培は、平均気温が13度以上、年間雨量1400mm以上の温暖多雨の地が良いとされています。特に、川に面した排水の良い山間の傾斜地で、霧の巻く土地が最上と言われます。
大井川を上流に向かって旧川根町(現・島田市川根)、旧中川根町、旧本川根町(現在は2町合併により川根本町)と続く旧川根三町は、川沿いのため空気が湿気を含み、山脈に触れてしばしば霧が発生します。茶の葉に霧がかかると、日光がさえぎられ、甘みのもとタンニンがたくわえられ、葉にはしっとりとした柔らかみが出ます。こうした土地で作られたお茶は、鮮やかな濃緑色で香りが高く、味は甘くまろやかで、ほど良い苦みと渋みが爽快な感じを与えます。
旧川根三町でとれたお茶は、総称して川根茶と呼ばれ、天皇杯や農林大臣賞などを数多く受賞、日本を代表する茶産地となっています。
夏も近づく八十八夜、風薫る5月になると、この辺りの茶園では、一斉に一番茶の摘み取りが始まります。例年、一番茶は5月に、二番茶は7月に摘みます。茶摘みは、場所によっては年に3回行いますが、川根茶は二番茶で止めています。樹勢を衰弱させないためです。
茶摘みには手摘み、ハサミ摘み、機械摘みがあります。初夏の風物詩の「茶摘唄」にあるような手摘みは、現在では品質を重視する上級茶に限られ、普通のお茶はハサミ摘みや能率の高い機械摘みが主力になっています。川根茶には、今なお手摘みを守っている所もありますが、一般には、一番茶の場合で、5月初旬は手摘みで、中旬から終わり頃になると、ハサミ摘み、機械摘みとなっていきます。
製茶も、昔は手揉みで行っていましたが、今では大部分が機械化され、蒸熱(じょうねつ)、粗揉(そじゅう)、揉捻(じゅうねん)、中揉(ちゅうじゅう)、精揉(せいじゅう)、乾燥と、全てオートメーションで流れていきます。川根を始めとする静岡茶の隆盛は、茶園の開拓や栽培技術の向上などと共に、こうした製茶法の改良によるところも大きいと言われます。なにしろ明治の半ばには、既に茶葉乾燥機、揉捻機、摩擦機の三つからなる製茶機が静岡で発明され、実用化されています。その後も、茶葉蒸機、焙茶機が作られるなど、製茶技術は急速に進歩し、近代化してきています。
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川根茶を取材した際、川根から本川根まで、車で移動しながら茶畑の撮影をしました。川根では、茶畑の間を縫うように走るSL(大井川鐵道)を狙い、中川根では「天空の茶園」と呼ばれる尾呂久保地区を訪問しました。
尾呂久保地区は、川根本町上長尾から国道362号を逸れて山道に入り、木々の間を20分ほど車で登った所にあります。広々とした茶園が忽然と姿を現すという感じで、感覚的には最近のテレビ番組「ポツンと一軒家」のような流れを思い浮かべて頂くと分かりやすいかもしれません。この集落では、山のあちこちに茶畑があり、それら緑の茶園の中に建つ黒漆喰の家や新芽を摘む婦人の姿が、心を落ち着かせてくれ、まさにお茶の里という雰囲気を感じさせてくれます。
川根本町の住民基本台帳によると、尾呂久保の集落には現在9世帯、32人が暮らしています。かつては全戸、お茶の専業農家でしたが、高齢化が進み、現在はお茶は作っているものの、製茶まで手掛けている家はほとんどありません。その中で、世界農業遺産「静岡の茶草場農法」実践者に認定されるなど、伝統的な農法で茶を作り、今も自園自製を貫いているのが、つちや農園さん。
ここの茶園の面積は約1.7ha。茶葉の収穫量は約5トンで、3割が手摘み。「やぶきた」を中心に「おくひかり」、「さやまかおり」などを栽培しています。現在、茶商などに卸しているのは1割で、9割は自サイトからのネット販売や通信販売と、小売り中心になっているそうです。
で、尾呂久保の取材後、カメラマン氏と私は、風景写真もと欲張り、寸又峡まで足を延ばしました。寸又峡は、金嬉老事件で日本中に知られるようになりましたが(若い人は知らないでしょうけど)、ここの大間ダム湖にある吊り橋「夢の吊り橋」も有名です。2012年には、トリップアドバイザーの企画で「死ぬまでに渡りたい!? 世界の徒歩吊り橋 10選」に選ばれています。
ただ、吊り橋の写真は確かに撮ったものの、SLと茶畑や尾呂久保の茶園の写真が非常に良く、編集段階でお茶に絞った方が良いと判断し、雑誌には使いませんでした。しかも、尾呂久保~夢の吊り橋間は、1時間ぐらいかかっていたため、このまま往路を戻ったのでは帰りの時間がかなり遅くなると、カメラマン氏がショートカットを敢行。これが、また超絶すごい山道で、ガタガタガタガタ! あわわわわわわわ! の連続。もしかして、これ車道じゃなく、けもの道に入っちゃったんじゃないの、と思うぐらいの悪路かつ急坂で、全くもって生きた心地がしませんでした。
何とか山道を脱し、国道に出た時は、心底ホッとしたものです。皆さんも、確証無く山道をショートカットするのはやめましょう。
新幹線で上京する時は必ずE席を予約します。何故なら遠くに見える富士山が楽しみです。
返信削除大井川を越える前あたりから狭小な土地にモコモコたした茶畑が見れるのも大好きです。
新幹線の車内からは見えないけど、いくつかあるトンネルの上には静岡空港があるんですね。
静岡空港って、そんな所にあるんですか?
削除知りませんでした。
先日、友人から静岡茶の深蒸し高級煎茶をいただきました。
返信削除茶葉は針のように細く、低温又は山水で抽出すると濃い緑色でまろやかなコクがあるお茶となり、底に残った茶葉もいただき「あぁ〜、落ち着く。。」といった具合です
南アルプスを背に。。
帰路の悪路ってもしかしたら過去に使われた林業生産道ではないでしょうか?
しかしながらチャレンジャーですね。行き止まりのケースも多々あるので国道に出れたことは結果オーライでしたね。(^o^)
チャレンジしたのは、カメラマン氏なんですけどね。この人とは、ホントの意味で何度か危ない橋を渡ってきました、というか渡らされました。
削除アプローチでも、危ない橋を渡ってそうですね。
削除しかしながら何となく取材に生かされていると思うのは私だけ、ただ命第一主義でジャーナリストも活動していただきたいと思います。