最も奥秩父らしい森林美を持つ十文字峠

アズマシャクナゲ

埼玉と長野の県境をなす奥秩父・十文字峠。標高は1962m。中央分水嶺でもあり、埼玉側は荒川、長野側は千曲川の源流となっています。5月下旬から6月にかけて、峠は数万本とも言われるアズマシャクナゲで覆われます。

何度も甲武信岳やこの十文字峠を訪れているカメラマンのTさんに誘われ、やはり山好きのカメラマンUさんと共に、アズマシャクナゲを求めて十文字峠へ行くことになりました。私の名前の頭文字がSなので、STUの3人組ということになります(関係ないけど)。

十文字峠へ向かう道は、埼玉県の旧大滝村(現・秩父市大滝)と長野県川上村の二つの起点があります。川上村からは更に、三国峠から尾根づたいに十文字峠へ向かう道と、千曲川の源流部となる毛木平から登る道があります。Tさんが選んだのは、このうち毛木平からのルートでした。途中、急坂はあるものの2時間程度で登ることが出来ます。機材を背負っての登りでしたが、比較的楽な山行でした。

乙女の森
出発点の毛木平には、60台近くの車が停められる毛木平駐車場があります。アズマシャクナゲが見頃の6月初旬には、この付近でベニバナイチヤクソウの大群落も見られます。まずはこの可憐な花を楽しんでから出発するといいでしょう。

毛木平からしばらくは、カラマツ林の平坦な道が続きます。沢づたいに緩やかな登りを歩いて行くと、左手に五里観音と呼ばれる観音像が見えてきます。十文字峠道は古くから、秩父と信州を結ぶ最短コースとして利用されてきました。そのため旅人の安全の道標として、一里ごとに里程観音が置かれています。ここから八丁坂と呼ばれる急坂までは、さほどきつい登りはありません。沢沿いの道にはさまざまな山野草が見られるので、これらを楽しみながら歩けます。

沢から離れ、ジグザグの登りに入ると、八丁坂が始まります。胸突き八丁の言葉通りの急坂で、ここが正念場。この八丁坂を息をきらせて登りつめた尾根は八丁頭と呼ばれ、十文字峠まではもう一息です。

十文字峠は秩父と信州を結ぶ峠道と、三国山と甲武信岳を結ぶ尾根づたいの道が文字通り十文字に交わります。峠の周辺はコメツガ、シラビソ、トウヒなどの針葉樹林に囲まれています。最も奥秩父らしい深い森林美を持った峠です。アズマシャクナゲが咲き競う6月初旬には、多くの登山客でにぎわいます。

十文字峠には1軒の山小屋がありますが、その東側に十文字峠植物群落保護林があります。周囲は原生林で、特別な区域の表示もありません。が、十文字小屋の裏で甲武信岳方面と分岐する秩父方面の登山道が、この保護林のほぼ中央を通っており、保護林を説明した看板が立っています。


保護林はコメツガを主として、シラビソ、トウヒ、カラマツなどの針葉樹で構成されています。うっそうとした森の地表にはコケが密生しています。よく見ると、コケむした倒木の上に、稚樹が発生しているのが分かります。倒木更新といい、栄養となった倒木が朽ち果てる頃には、稚樹も若木に成長しています。十文字峠の周辺では、こうした針葉樹の世代交代の様子も観察出来ます。

アズマシャクナゲが咲く頃が、十文字峠を訪ねる最適期。アズマシャクナゲは通常、2年に一度が開花の当たり年といわれますが、十文字峠では小屋主さんが、花付きを良くするために、開花後に花殻摘みをしています。6月の開花期に合わせ、旅程を組んだらいいと思います。

1967年に建てられた丸太造りの十文字小屋(標高2035m地点)は埼玉側にあり、収容人数は約80人。2食付きの宿泊が可能です。小屋主の山中徳治さんの父・邦治さんが建てたもので、邦治さんは49年間にわたって奥さんと共に小屋番を務めていました。

十文字小屋

邦治さんは、秩父多摩国立公園が制定された51年、新設された旧十文字小屋の管理人として採用されました。しかし、人気のある甲武信小屋や雁坂小屋と比べると登山者が少なく、あまり収入にならなかったと言います。

その後、67年の埼玉国体を機に、十文字小屋は現在の場所に移転し、小屋も新しくなりました。この頃から十文字峠への登山者が増え始めます。

決定打は、秩父をテーマに撮影を続けた清水武甲さんのアズマシャクナゲの写真でした。この写真は新聞に掲載され、更にポスターとなって東京の駅に貼られました。これに注目した新聞社はこぞって、アズマシャクナゲの季節に十文字峠を訪れ、ここを日本一のシャクナゲ原生林と紹介しました。

また、邦治さんと奥さんの時子さんも、登山客に喜んでもらえるよう、アズマシャクナゲの手入れをしたり、小屋の近くに動物を寄せるようにしたりしました。登山客は山小屋で動物や野鳥を見るととても喜んでくれ、中でもリスは大人気でした。こうして評判はどんどん広がり、リピーターも増えるようになりました。

十文字峠

その邦治さんは、2000年を最後に小屋番を引退。その時、次のような言葉を残したと言います。

「私はずーっと、晴れの日だといい天気で良かったと言っていたが、この十文字峠じゃ、晴れが『いい天気』というわけでもない。小雨が降ってコメツガの森が濡れて、コケが生き生きとしている時が一番『いい天気』だな」

我々が十文字峠に着いた日は、小雨こそ降っていませんでしたが、霧がかかり、何とも言えない風情がありました。十文字峠はアズマシャクナゲだけではなく、森全体が美しい峠なのです。

※現在、十文字小屋は息子の徳治さんが小屋主となり、シーズン中は主に宗村みち子さんが小屋番を務め、女性らしいきめ細やかな対応で、登山客を迎えています。

コメント

  1. 🎊㊗プログ継続3週間

    あと1日で7月コンプリートですね。

    分水嶺で荒川と千曲川?そんなことになってるとは、まだまだ知らない土地だらけです。

    コケがイキイキしている日がいい天気だなんて、なんとも素敵な言葉です。

    返信削除
    返信
    1. 兵庫県の氷上町は、日本一低い中央分水界の町だったと思います。もしドンピシャで建っている家があったら、屋根の北側の雨水は日本海へ、南側は瀬戸内へ流れることになるんじゃないか、と。。。確認の上、合っていたらブログに書きます。

      削除
    2. 確かに氷上に分水嶺があるのは聞いたことがあります。公園があったという記憶があります。

      335-A地区ですから。

      削除
  2. 若い頃、興味ある山域の国土地理院25000分の1地図を書店で買い集め毎日舐めるように眺め創造力を高めていました。確かに奥秩父山域も興味深く等高線を幾度となく眺めていました、ただ視点は沢や谷ばかりだったので、この景色に出会うことは出来ませんでした。改めてこの記事を見て訪れたいと思いました。

    余談ですけど、コメツガを主としてると言うことは「松茸」などのキノコが豊富な地であること
    は間違いないですね。

    返信削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

悲しい歴史を秘めた南の島の麻織物 - 宮古上布

愛媛県南部の初盆行事 - 卯之町で出会った盆提灯

銘菓郷愁 - 米どころ偲ばせて「養生糖」 新潟県新発田

『旅先案内』都道府県別記事一覧

岩手の辺地校を舞台にした「すずらん給食」物語

上州名物空っ風と冬の風物詩・干し大根 - 笠懸町

越後に伝わるだるまの原型「三角だるま」

地域の復興に尽くすボランティアの母 - 八幡幸子さんの話

飛騨高山で味わう絶品B級グルメとスーパージビエ

日本最北端・風の街 - 稚内