これなくして冬は語れない - 庄内の郷土料理・寒鱈汁
酒田市は山形県北西部、1672(寛文12)年に西廻り航路が整備されると、最上川舟運と結び付いた米の一大集散地となり、日本海沿岸有数の港町として発展しました。その繁栄ぶりは「西の堺、東の酒田」とも言われ、井原西鶴の『日本永代蔵』に登場する廻船問屋の鐙屋や、「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」と俗謡にうたわれた本間家などの豪商が活躍。更に明治に入ると、庄内平野の米作地帯を背景に米取引が盛んとなり、1893(明治26)年には米の貯蔵庫として山居倉庫が建てられました。 山居倉庫は米どころ庄内のシンボル的存在で、間口13.6m、奥行き約29mの建物が12棟連なっています。そのうち9棟は現役の米保管倉庫となっており、現在は最新空調システムが付いていますが、建てられた当時は土木建築技術の粋を集め、庄内の気候に合わせた機能性を持たせていました。その一つが、倉庫内を一定の温度に保つための二重屋根で、他にも土蔵と屋根の間を空けることで温度と湿度が急激に上昇するのを防ぐなどの工夫が凝らされていました。また倉庫裏にあるケヤキ並木は冬の風雪から倉庫を守るために植えられたもので、夏には生い茂った葉が西日をさえぎる役目を果たします。 ちなみに山居倉庫は、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」の舞台としても知られます。「おしん」は平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という驚異的な数字を記録し、世界68カ国で放映されるなど、テレビ史に残るヒットとなりました。 そんな酒田市へ行ったのは、2017年1月27日のことでした。酒田までは飛行機を使った方が若干早いのですが、自宅からだと上越新幹線で新潟を経由しても、30分程度しか違わないので、金額的には半分以下のJRを使うことにしました。北へ向かう新幹線の場合、私は上野か大宮から乗るのですが、この時は大宮から乗車。新潟までは約1時間15分、新潟からは羽越本線の特急いなほで酒田へ向かいます。 新潟から酒田までは、2時間少々ですが、この日は強風の影響で列車が遅延。途中で停車したり徐行したりで、酒田到着は50分ほど遅れました。2005年12月25日に、この区間で強風によって乗客5人が亡くなる脱線事故があってから、強風時の運行にはかなり慎重になっているようです。予定していた取材があったため、やきもきしましたが、地元の方が駅で待機していてくださり、酒田に到...